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Russian Birds


Antonov124 アントノフ124






ソ連末期の1982年に初飛行、1985年に公開された巨人輸送機で、基本的に貨物や軍用輸送機としてのみ使用される目的で開発された。実用輸送機としては現時点では世界最大で、ドイツ・ジーメンス社製造の路面電車が1編成余裕で載ってしまう搭載能力を誇る。ソ連崩壊直前以降、ボジョレーヌーボーのチャーター機として使用されたり、自衛隊や米軍を含めた物資輸送に使われたり、国連の緊急物資輸送などに使用されたり、様々な大規模な輸送に対応する機体である。
エンジンは高バイパス比の高出力エンジンを搭載するなど、ソ連末期にしてようやく西側のレベルに追いついている。民間用として26機が使用されており、日本にもアントノフ設計局やボルガ・ドニエプル航空の機体が度々飛来している。旧ソ連の国の航空会社のみが保有していて、これほど世界的に使われている旧ソ連・ロシア機は非常に少ないだろう。


左:Aeroflot Antonov124 CCCP-82009 (Full Colour+Soviet Flag)
右:Aeroflot Antonov124 RA-82*** (Full colour)

  大成功したアントノフ124も、アエロフロートで飛んでいるうちはさして有名でなかった。この時代の写真は欧州で数枚、そして1990年に名古屋にワインを運んできたのが有名だが、まだ注目されるまでには達していなかった。
アエロフロートとしてはすでに手放してしまったアントノフ124だが、なぜかまだフルカラーで飛んでいる連中がいる。一体どこのエアラインのものか、所属は不明だが、見た目は完全にアエロフロートのフルカラーである。


左:Volga Dnepr Airlines Antonov124 RA-82044 (Full Colour+Heavy Lift Logo)
右:Volga Dnepr Airlines Antonov124 RA-82043 (Full colour)

  アントノフ124を一気に有名にしたのはこのヴォルガ・ドニエプル航空の力が大きいだろう。英国、ヘビーリフトと提携して、アントノフ124による重量物輸送を始めてしまったのである。これで一気にアントノフ124は有名になってしまった。もちろん、このヴォルガ・ドニエプル航空、日本への飛来回数も多い。数年前にはドイツ、ジーメンスから広島の広島電鉄向けに路面電車5両1編成を運んできた。こういう巨大なものを輸送するとなると、すぐに飛んでくる、なかなか貴重な存在である。150tの搭載容量はかなり大きい。


左:Air Foyre Antonov124 CCCP-82027 (Based SU colour)
右:Polet Antonov124 RA-8202* (Full colour)

  Air Foyreは英国のエアラインで、主にBAe146を使った貨物輸送を行っていた。そんな会社がなぜにアントノフか、貨物輸送でも必要になればアントノフ124なのである。1991年当時はアントノフ124はかなりの引き合いがあり、このAir Foyreもそれに参加したのである。アエロフロートと共同運行の約束をヘビーリフトよりも先に取りつけている。その後、アントノフデザインビューローと共同運行提携を行っていた。その後、Air Foyreも消滅し、現在はADBの保有機になっている。
POLETはロシアの貨物便やVIP便を運行する会社で、この写真もマーストリヒトで撮影されている。アントノフ124以外は、なんとサーブ2000を使って、モスクワとウリヤノフスクなどを結んでいる旅客便を飛ばすエアラインである。


左:Rusran Antonov Airlines Antonov124 UR-82008 (Full colour)
右:Antonov Design Bureau Antonov124 UR-82073 (Full colour)

  ルスラン・アントノフ航空は、1992年〜1993年にアントノフ124を専門で運行するエアラインとして運行を開始した。この会社、アントノフ自体が経営していたこともあり、その後会社名がなんと
アントノフ設計局になってしまった。この写真がアントノフ設計局の塗装なのだが、保有機はアントノフ124以外に世界最大の輸送機アントノフ225や、世界最大のプロペラ機アントノフ22、貨物輸送機のアントノフ12なども保有している。当然だが保有機は全部アントノフ製輸送機機のみである。




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